FC2ブログ
AD





私のおばあちゃん。①

どうも僕です。

私はおばあちゃんの隣の家で育ち
現在も50m位離れた場所に住んでおります。
そんな、おばあちゃんの話でありまして。



私のおばあちゃんは今年で91歳。

大正9年5月5日の生まれでして
出産後、窓を開けると朝露がとても綺麗だったので『ツユ子』と
名付けられたとのこと。

カリフォルニア州のサクラメントで生まれまして
子供の頃まで向こうで育ち昔は少しは英語もしゃべれたけど
今は少し読めるだけと私の子供の頃言ってました。

日本人移民で日本人の多く住む町で暮らしていたとのこと。
何度か行ったおばあちゃんの実家(安佐南区西原)は大きく
今思えば相当苦労し成功されたんだなと。


おばあちゃんは12人兄弟。
兄弟が多いと自由に育てられるイメージがありますが
曽祖父は厳しい方だったようでして。
そんな大勢いる兄弟も今は2人。


お見合いで祖父と結婚。
憲兵をしていたおじいちゃんは
「馬に乗る姿も凛々しく、いい男だったけど帽子を取ると剥げていた。」
と笑い話で話してくれました。

戦時中は憲兵だった祖父が東京に赴任になり
一緒に行ったが、東京は空襲が凄かったと。
その後、祖父は中国へ。


終戦前に叔父が生まれ、そして戦後父・叔母と
3人の子供に恵まれる。

長男である祖父の実家にて当時健在であった曽祖父母
そして訳あって戻ってきた祖父の兄弟達とその家族の
大家族で一軒の家で暮らしていたとのこと。

その当時の暮らしは、それだけの大家族になると
家族の関係が難しいところもあったらしい。
特に曽祖母は厳しい方?のようで食事も満足ではなかったらしく
おばあちゃんは、畑でポケットに入れた
イリコを食べながら仕事をしていたという話。

そのお蔭か、現在もおばあちゃんの歯は全てあり、
数年前表彰したいという話もあったのですが
照れ屋なのか面倒臭いのか断っていました。

                         続く

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

おっ!!
これは興味深い連載が始まりましたね。
こんな話、好きなんですよ。
「奇跡の鍵コメ」や「それがしはタヌキ」を超える大作を期待してます~!!

Re: タイトルなし

>銀蔵さん

まだ日が浅いこんな時にコメントありがとうございます。
心よりお悔やみ申し上げます。

連載というか3話で終わります。
タンタンと終わりますので面白くもなんともないですヨ。^^
AD




AD


欲しいものがきっと見つかる






Profile

波照間島にて

Author:ど僕
74年製の小排気量のポンコツです。
どうぞ宜しく。

■ Blog Ranking ■
Categories
Recent Entries
Links
Recent Comments
Calendar
03 | 2019/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
Monthly Archives
Visited