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私は被爆再現人形が撤去される事に反対なんですけどね。

ど僕です。

ここは、広島平和記念公園にある
平和資料館。
CM_1492.jpg
検索すると、広島平和記念資料館となっているので
それが正式な名称なんですね。
子供の頃から原爆資料館と言っていたので。

家族で行ってきましたヨ。
私は、小学生ぶりなので30年ぶりでして。
嫁は昨年も県外の友人が来た時に、一緒に行ったらしいですけど。

で、この度の子供を連れて行ったのは
被爆再現人形が撤去されるとのことで、無くなる前に
私は子供に見せたいのです。

えっと、撤去される理由は「人形が怖い」という意見があったからなんですかね?
この人形が怖いと言った方は、中に展示されている被爆者の方々の
写真はOKなんでしょうか?
ちょっと不思議な話です。

で、広島市のHPの撤去に対する回答
『被爆再現人形は、非常に印象に残り、
 当時の情景を伝えているという展示だというご意見があります。
 しかし、一方で被爆者の方は、無残な遺体がたくさんあり、
 男女の区別さえつかず、親子でさえ見分けることができない情景を
 体験されています。
 そうした状況からは、被爆再現人形に対して
 「原爆被害の凄惨な情景はこんなものではなかった。もっと悲惨だった」
 といったご意見もあります。 
 展示をご覧になられる方の見方によっては
 原爆被害の実態を実際よりも軽く受け止められかねません。
 来館された全ての方々に悲惨な被爆の実相を
 現実に起こった事実として受け止めていただき、
 こうした惨劇を今後二度と繰り返してはならないという思いを
 心に刻んでいただきたいと考えており、
 そのためにも誰が観覧しても個々人の主観や価値観に左右されない
 実物資料の展示が重要と考えております。』

                           抜粋ですけど



撤去理由は、「再現人形どころじゃないよ、現実は。」ということで
再現の作り物はやめて、実物資料がいいと思うんよ。
ということですか。
「再現人形が怖い」という意見がありまして・・・というのは
理由の一つではないんですね~。

私は、この広島市の回答を読む前に
再現人形を見て思ったはのは、被爆し酷い火傷を負った状態で
歩く姿は悲惨な光景の一つであるということでして。
回答のように、 
「原爆被害の凄惨な情景はこんなものではなかった。もっと悲惨だった」
というのは、当たり前の話で誰も再現人形が最上級に
悲惨な状態だとは思ってないと思いますヨ。

あの再現人形はどういった方で
これからどこに向かい歩いて、最後はどうなったかというのは
他の資料を見れば想像がつくのです。
いろんな事を考えさせてくれる大事な資料だと思うのですよ、私は。


今は、再現人形を「怖い」「可哀想」と見ている子供も記憶に残り
いつかいろんな資料を読めるようになって、そんな時に
一緒にあの人形も資料として思い出し、平和について考えてもらえればなと。


CM_1493.jpg



今度は、リニューアルしてから行ってみるかな。

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こんばんは。
広島市の回答はいかにも役人が考えたどうにでも解釈の
出来る当たり障りの無い文章ですね。
日本政府も東京大空襲や広島長崎への原爆投下を指揮した
カーチス・ルメイ空軍大将に自衛隊発展への貢献が
あったとして勲章を授与してるのでおかしな国ですよね。

ど僕さんが同志とはうれしい限りです(^^)/

あの人形が撤去されるだなんて、全く知りませんでした。

僕も小学生の時に、この原爆資料館に行って以来、全く行って無いですね。

リニューアルされるそうで、一度行ってみないといけませんね…

うちの亡くなった祖父も被爆体験者でしたが、叔父や父から聞いた話でも、『祖父はピカの話しだけはせんかった』と言ってました。

それほど悲惨な光景だったんだろうと思いました。

今に思えばもっともっと話しを聞いておけば良かったと思います。

Re: タイトルなし

>ライダー様

ホント、役人の誰からも文句は言われないような
薄い返答です。

1964年ですか・・。
何か裏事情があったんですかね~。
って、無知な私はそんな事は全く知らないので検索して分かったのですが。(笑)
しかし、その影響が平和から遠のく影響を及ぼしたんですから
何をやってるんだ?ということですね。

Re: タイトルなし

>ふぃーゆパパさん

私は、猫さんとかなり近い考えを持ってますから。(笑)
といっても、この件をどう考えてらっしゃるか分かりませんが。w

Re: タイトルなし

>ウルトラマボーイさん

私の祖母は投下2日後に、人探しで行ったらしいのですが
ルートや歩いて行った等の話は聞いたのですが、
どういう状況だったかは、『覚えてない』という感じでしたね~。

被爆者でその状況をご存知の方は、話どころか思い出したくもないんでしょうねー。
でも、それでいいと思うんですよね。
ただ、話してくださる方の貴重な内容は、後世に残さないといけないと思います。
もう近い将来、聞けなくなるので・・。
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74年製の小排気量のポンコツです。
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