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2014香川旅行⑨~平家屋敷~

ど僕です。

途中、平家屋敷の看板があったので寄ってみることに。

平家屋敷(西岡家住宅)
CM_0652.jpg

駐車場に車を止め、入り口を見た感じ失礼ながら
某番組のパラダイスかと思い、思ったことを大声でベラベラ喋っていた私。
恥ずかしい。


平家屋敷 徳島県三好市西祖谷山村東西岡
当家の祖先である堀川内記は安徳帝の御典医として
治承・養和・寿永のころ宮中に仕えたが、平家の都落ちのとき
安徳帝を供奉して屋島に逃げのびた。
平家滅亡の後、残党と共に祖谷に入山した内記は、
祖谷の山野に薬草の豊富なことに驚き、深山を散策して秘薬を採集し、
当地で医を開業し庶民に医療を施こすとともに、
神官を兼ねて医業を行っていたが蜂須賀入国のときは反旗を翻がえし戦い
負傷者の治療に当った。
祖谷軍が破れ堀川家も罰せられたが、後に赦されて、西岡名主となり、
姓を西岡の地名をとり西岡内記と名し当家の初代となった。

当家の建築について(合掌造り)
当家の建築は特別な建て方をしています。
内部は、全部けやきの大木を組んで造られ、天井はなく、
普通の家の三階の様になっています。
また屋内には壁や押入がなく家の中が一つの部屋になり、
屋根は部落共有の茅野から刈られた茅で葺いてあり、
室内の「いろり」で年中火を焚くことにより五十年の風雪に耐えることができます。
                            (現地案内板より)
三好市指定文化財(有形文化財・建造物) 西岡家住宅 主屋、土蔵 平成21年4月6日指定
西岡家は昔、京都から平家一族と共に祖谷に入山しており、
当時は堀川の姓であったが、阿波の殿様が蜂須賀になったことで、
西岡地区の庄屋となり、西岡の姓になった。
主屋は、木造茅葺き、寄棟造り、平屋建てで、
西岡太治の時代(幕末から明治時代)に宮大工が3年の歳月を掛けて
造られたといわれている。
「コビラ玄関」という珍しい造りがあり、部屋には壁、押入れがなく、
戸をはずすと1室となる。
また、土蔵は、木造瓦葺き、切妻造り、2階建てで、
主屋とほぼ同時期に造られたものといわれている。
上から火が入らないように屋根を上に乗せた状態になっており、
火入らずの蔵といわれていた。
この時代における屋根瓦は祖谷地方に珍しく、前戸は三重になり、外戸は土でできている。
主屋、土蔵ともに贅を尽くした造りで、創建当初の姿を残しており、
祖谷型民家の歴史的変化を知る上で貴重な建造物である。
                   三好市教育委員会(現地案内板より)

とのこと。



CM_0653.jpg


囲炉裏には火がついており、暖まります。
CM_0654.jpg


しかし、この立地。
昔はどうだか分かりませんが周りに家は無く、寂しい環境。
が、縁側からの景色は開け、丁度真正面に太陽が昇って行き
寒い中ですが、天気も良く陽を浴びて気持ちいいのです。


ちなみに、大人500円小人300円
ちょっと、早すぎたかあんまし興味が無かったか
私の感性と知性では、この貴重な歴史ある物件の価値と素晴らしさがイマイチ。
500円はお高く感じてしまいました。(私にとってですヨ。)

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私の母の実家に囲炉裏がありまして,私が子どものころはおもちゃなどたいしたものはなかったので,私はそろばんを転がして電車ごっこをしていたらしいです(笑)v-104

Re: タイトルなし

>もみじ日記さん

観光的な建物以外で、リアルな囲炉裏って見たことありません!
いいですねー、羨ましいです。
お母様の実家は寒い地域だったのでしょうか?
そろばんは誰もが転がしますね。(笑)
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Author:ど僕
74年製の小排気量のポンコツです。
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