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無計画な大分旅行①

ど僕です。

もう何年か前に見た『にっぽん原風景紀行』という番組で
旅先だった、大分県の保戸島。

保戸島は津久見市から船でいくのですが、
『島には平地が少なく、海岸から山への傾斜面に
 3,4階建ての住宅がひしめきあい、地中海を連想させる独特の
 景観をつくっています。
 その保戸島の漁村・漁民の歴史、文化、景観が
 「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれました。』
                        津久見市観光協会より  

という、とてもソソル島なのです。

ということで、6月30・31日で午前2時に自宅を出発して
行って来たのですヨ。



んが、雨予報は変わらずに高速で大分に近づくにつれ
酷くなっていきます・・。
うがが、とっても残念ですが予定変更。

小雨なら行こうと思ってましたが、本降りだと折角の風景が台無しで
勿体ない。
ちなみに、予備知識として島内の路地はとても狭いらしく
傘がお家にあたったらいけないと、子供が小学生の頃に使っていた
小さい傘を持っていってたんですけどネ。


中津手前の上毛PAで降りて、まだ行ったことのない
耶馬渓でも通ってみるかと。



青の洞門
KIMG1224f.jpg


KIMG1225f.jpg


大正8年に発表された菊池寛の短編小説
「恩讐の彼方に」で一躍有名になった、
禅海和尚が掘った洞門(トンネル)で、耶馬渓を代表する名勝である
競秀峰の裾野に穿たれている。

諸国巡礼の旅の途中に耶馬渓へ立ち寄った禅海和尚は、
極めて危険な難所であった鎖渡で人馬が命を落とすのを見て、
慈悲心から享保20年(1735)に洞門開削の大誓願を
興したと伝えられている。

禅海和尚は托鉢勧進によって資金を集め、
雇った石工たちとともにノミと鎚だけで掘り続け、
30年余り経った明和元年(1764)、全長342m(うちトンネル部分は144m)
の洞門が完成した。

寛延3年(1750)には第1期工事落成記念の大供養が行われ、
以降は「人は4文、牛馬は8文」の通行料を徴収して工事の費用に充てており、
日本初の有料道路とも言われている。
                      なかつ観光より


う~ん、なるほど。
この時、午前7時小雨で観光客なんて誰もいなく
ちょっと駄目であろう場所に車を停めて観光。
予備知識もなく現地でまともの案内看板の説明も見ていないので
「ふーん、奇特な坊さんがノミで掘ったんだ。凄いね、大変だったね。」
と軽く見て去ります。

この調子でどうにか取った2連休を楽しめるのか
自分で計画の甘さを反省しつつも、まあこういうのもいいかなと。

                                 つづくし
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波照間島にて

Author:ど僕
74年製の小排気量のポンコツです。
どうぞ宜しく。

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