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サヒメルに行ってきた。①

どうも僕です。

どうにか取れた盆休みの13日。
この夏、休みが無かった為全く家族サービスというものを
していない私。

どこか人が少なくて、涼しくて
子供をホッタラカシにできるとこってないかな~なんて
考えましたが、そんなとこは無いですよネ。


そこで小学校の子供達が学校より無料チケットを貰ってきた
島根県立三瓶自然観サヒメルに決定。
夏の特別企画展『鉱物』を見に行きたいらしい。


自宅よりサヒメルでルート検索すると
たしか・・・
高速使用で2時間45分位
一般道で3時間12分位
最短距離で3時間25分位
でありまして。

お金に余裕がある方なら高速を選ぶのでしょうが
毎日いっぱいいっぱいの生活を送る我家は
一般道でも最短距離で。
なんか一般道は通ったことのある道で新鮮じゃあなかったんですよね。
今まで通った事の無い道を攻めたいじゃないですか。
ということで最短距離で。
最短距離なのに時間が長いのはスピードの出せない道(法的に)なんでしょうね。

そこで、盆で人が多いだろうとオープン時間に行きたいなと。
サヒメルは9時半オープンとのことで
逆算して6時頃に出ればいいのでしょうが
夜楽しみで寝るのが遅かった為、7時出発です。


最短距離ルートはスンゴイ御機嫌で気持ちの良い道を走り
※コレ本当
島根県立三瓶自然観サヒメルに到着です。
110813_0920~0001
ちなみにオープン前の9時20分。
ナビの予定より1時間以上早く着きましたヨ。
交通ルールを守っているのに不思議ですね。


ちなみに、もう並んでますよ。
110813_0924~0001


外では休憩テントをスタッフの方が準備されてます。
110813_0920~0002
思わず手伝うとこでした。

なんだかスタッフが多そうな施設です。


目の前はキャンプ場があり、初めて来ましたが
とっても気持ちの良いゴキゲンなトコです。

                            つづく
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私のおばあちゃん。③

どうも僕です。

5年前に叔父が戻ってきて
家を建て替えたおばあちゃん。

私に話しかけてきた知らないおばあちゃんが言った

「年寄りは住みなれた家を建て替えたら、調子が悪うなるけえ
 気をつけときんさいよ。」

不吉な言葉は本当で、あれだけ元気で生命力に溢れていた
おばあちゃんは気力も体力もみるみる無くなって。

が、元々の気力は凡人ではないので
それでも朝早く起き、畑に出て仕事をする毎日。
ただ変わったのは、手を休め遠くを見る回数・時間が多くなったこと。

そして、大きなため息が多くなり
「息がたまに苦しくなる。」と。
3年ほど前から呼吸器を日に一定時間吸うようになりました。

最近は普通に歩くのも辛いらしく、杖をつくように。
しかしその杖は寸角の只の棒。
握りにくいその棒で「充分。」と使用するのです。
もちろん購入している杖もあるのですが。


辛抱人のおばあちゃんは、子供や孫にはお小遣いをよくくれるのですが
自分のこととなる一切といっていい程お金を使いません。
服も縫い直して着、昔からお化粧もしません。
以前の家では食事も質素で、夜も小さな灯りで過ごしていました。
ガスも使わずに、炭で食事も煮炊きしていました。
もちろんエアコンも無く、冬はストーブも点けません。
そういう生活を一人でしていたおばあちゃん。
毎月家賃収入も入ってくるのに・・・。


そんな、質素な生活を続けていたおばあちゃんは現在
エアコンの効いた部屋で食事も作ってもらい
使いやすい間取りやトイレで便利な生活を送っています。
老いが急に早くなった原因はそんなとこにあるのか・・・。


『100歳まで生きるんじゃ。』
もう何年も前から言っているおばあちゃん。
気力溢れる瞳を見ていると
周りも皆、このおばあちゃんなら生きれるなと。






そんな、元気だったおばあちゃんは8月21日午前8時
心不全で亡くなりました。


土間で倒れていたおばあちゃんは、発見時もう息は無かったとのこと。
頭には痛々しい打った傷が2箇所。
もしかすると、それが原因かもしれません。
エプロンもし、時計もはめていたので
いつもの朝だった筈なのですが・・・。


働き続け、動き続け
休むこと止まることを知らないおばあちゃん。
小さな体で、走り続けたおばあゃん。
いつも安物のアナログの腕時計をはめ、
「あー、もうこんな時間じゃ。わしは忙しいんじゃ。」と
楽することを知らなかったおばあちゃん。



もうゆっくりお休みください。

そして、私も何年先か分かりませんが
また会える日を楽しみにしております。


それまでおばあちゃん、バイバイ。

私のおばあちゃん。②

どうも僕です。

戦後は祖父はサラリーマンとなり経理をしていたとのこと。
が、お酒と庭いじりが大好きだった祖父は
一度も給料というものをおばあちゃんには渡さなかったと!
学費だけは貰っていたらしいですが。

そこで、おばあちゃんは土木作業や工場勤務等
150cm無い小さな体で女性ではキツイ仕事を。

私が小さな頃は、祖父はアルコール好きだった為か
肝臓を悪くし寝たきりの生活。
おばあちゃんは相変わらず元気で朝はまだ薄暗いうちに起き
畑仕事、そして夕方まで働き夜は早寝。

私が中学の時に、祖父は亡くなったのですが
生活は何も変わらず、ただ一つ変わったのは
毎晩仏壇の前に座りかなりの時間、手を合わせていました。
おじいちゃんを「あの人は頭のいい人だった。」と
よく言っていました。

人の悪口は全く言わないおばあちゃん。
そして、さっぱりしてグチグチ考えず言わない。
毎日、土日なんて関係なく休むことなく
働き続けるおばあちゃん。

そして、地域のお年寄りの集い等には一切参加しない。
理由は、あんな子供みたいなことできないし
時間が勿体無く、働きよる方が良いと。

10年前までは自転車にも乗っていたおばあちゃん。
流石に8年位前に坂道が辛いと電動自転車に。
今はもう乗れませんが・・。


そんな5年前に、離れて住んでいた長男が
返ってくるので家を建て替えることに。

嫁に来ていろんな想い出のある
60年以上住みなれた家ですので解体時はとても寂しそう。
が、「若いものが、やりたいようにやればいいのよ。」と。


そんな時に、知らないおばあさんが私に話しかけてこられ

「年寄りは住みなれた家を建て替えたら、調子が悪うなるけえ
 気をつけときんさいよ。」

と。

              続く



私のおばあちゃん。①

どうも僕です。

私はおばあちゃんの隣の家で育ち
現在も50m位離れた場所に住んでおります。
そんな、おばあちゃんの話でありまして。



私のおばあちゃんは今年で91歳。

大正9年5月5日の生まれでして
出産後、窓を開けると朝露がとても綺麗だったので『ツユ子』と
名付けられたとのこと。

カリフォルニア州のサクラメントで生まれまして
子供の頃まで向こうで育ち昔は少しは英語もしゃべれたけど
今は少し読めるだけと私の子供の頃言ってました。

日本人移民で日本人の多く住む町で暮らしていたとのこと。
何度か行ったおばあちゃんの実家(安佐南区西原)は大きく
今思えば相当苦労し成功されたんだなと。


おばあちゃんは12人兄弟。
兄弟が多いと自由に育てられるイメージがありますが
曽祖父は厳しい方だったようでして。
そんな大勢いる兄弟も今は2人。


お見合いで祖父と結婚。
憲兵をしていたおじいちゃんは
「馬に乗る姿も凛々しく、いい男だったけど帽子を取ると剥げていた。」
と笑い話で話してくれました。

戦時中は憲兵だった祖父が東京に赴任になり
一緒に行ったが、東京は空襲が凄かったと。
その後、祖父は中国へ。


終戦前に叔父が生まれ、そして戦後父・叔母と
3人の子供に恵まれる。

長男である祖父の実家にて当時健在であった曽祖父母
そして訳あって戻ってきた祖父の兄弟達とその家族の
大家族で一軒の家で暮らしていたとのこと。

その当時の暮らしは、それだけの大家族になると
家族の関係が難しいところもあったらしい。
特に曽祖母は厳しい方?のようで食事も満足ではなかったらしく
おばあちゃんは、畑でポケットに入れた
イリコを食べながら仕事をしていたという話。

そのお蔭か、現在もおばあちゃんの歯は全てあり、
数年前表彰したいという話もあったのですが
照れ屋なのか面倒臭いのか断っていました。

                         続く

もう待ちくたびれてますヨ。②

どうも僕です。

新車で買ったバイクをそのままカスタムの為に預け
すでに4年半経ったという話。


6月にバイク屋さんと約束した期限8月末。
まあ、この約束ももう何度目かは裏切られ続け
分からないのですが・・・。

もうそろそろ8月末ということで
8月25日に社長に電話してみるのです。

だって、完成してこの土日に引渡しだったら
どんなことがあっても時間を空けておかないと
いけないじゃないですか。


で、電話するのですが5コールならしても出てくれない・・・。
まあ、今出れないのかなとそれ以上は鳴らしませんヨ。
こんなことはよくあることですから。

また折り返し電話があるだろうと思っていたのですが
電話はかかってきませんでした・・・・。
こんなことはよくあることですから。


でも、私催促電話とかってそんな苦じゃないんですよね。
翌日は急がしくてし忘れ。
で、本日午前11時電話します。

出ないんですよね。

すると少しして折り返しの電話アリ。

私 「私のバイクどうなりましたかね?」

社長 「あー、もうちょっとなんよ。
    今やってるとこです。」

私 「いやー、以前8月末までにってお話したじゃないですかー。」

社長 「そうよね。じゃっけえ、今一生懸命やってます。」

私 「・・・。分かりました。待ちます。」


という訳で8月末の話にならずでした。

まあ、もうちょっとっていう話は3年以上前からなんですけどね。
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波照間島にて

Author:ど僕
74年製の小排気量のポンコツです。
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